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ニュースレター寄稿④不完全こそが完璧

フォレスト前世療法研究所の一宇です。連載4回目となりました。

まず初めに、前世療法とは今抱えている悩みや問題の大元の原因を前世までさかのぼり、ご本人に思い出していただき、解消するという手法です。私は、このセッションを始めて24年間で約4,000人のクライアントと向き合ってきました。その体験の中で、人生には実に明快な法則があることに気付きました。それは

 ①すべては私の思い通りになっている。

 ②すべては私がなりたい私になるために、私が望んだ素晴らしい出来事。

 (詳しくは2月号・3月号をご覧ください)


「 不完全こそ完璧 」

さて、人間は何のために生まれてきているのか? これは根源的な質問になります。あなたはどう思いますか? よく耳にするのが、人間は「修行をするために生まれてきている」と多くの方がいわれます。確かにそれも一つです。修行という体験を選んでいる方もいます。あるいは楽しむという体験を選んでいる方もいます。中には、苦労するという体験を選んでいる方もいます。

つまり、いろんな体験をするために、人間として生まれてきているようです。体験を通じて様々な感情を味わっている。そのために生まれてきていると言ってもいいかもしれません。

実は人間の魂は完璧です。神そのものです。皆さんの魂はお釈迦様や観音様のようなものです。完璧ですから本来修行は必要ありません。しかし、完璧だと色々な体験ができないのです。

例えば、完璧な存在であるお釈迦様と観音様が、天国でお互い向き合っているとします。お二人はどうしているでしょう? 何をしているでしょうか? ちょっと想像してみてください。

お互いほほえみあって、「ごきげんよう」と言って、お茶を飲んで、穏やかな風が吹いて・・・それで終わり。 こんな感じでしょうね。そう思いませんか?

そんな状態が、百年も千年も一万年も続いたら、あなただったらどう思いますか? どんなことを考えるでしょう? 飽きそうですよね。何か体験をしたい、刺激が欲しいと思いそうではありませんか? そうなんです。そう思って、私たちの魂は人間界に降りてきたのです。全ての魂が、修行するために降りて来ているわけではありません。さまざまな体験をするために人間になったのです。

その体験の中に、修行というものを選んでいる人もいます。

 ・楽しむということを選んでいる人もいます。

 ・苦労するということを選んでいる人もいます。

 ・何もしないということを選んでいる人もいます。

それはそれぞれが選んだ体験であって、全て同じ価値があります。どれが素晴らしいというわけではないのです。

では、人間になっても、お釈迦様と観音様のままだったらどうでしょう。人間になった意味がないですよね。

そこに、さまざまな体験をするためのトラブルが必要になります。そして、トラブルを引き起こしてくれるトラブルメーカーが必要になります。つまり、人間を体験するという事は、トラブルメーカーの体験をしに来ていると言ってもいいのかもしれません。トラブルメーカーという言葉に語弊があるならば、不完全な人間を体験しに来ていると言ってもいいでしょう。

ですから、人間は不完全で当たり前であり、不完全でなければ人間になった意味がないのです。 お釈迦様や観音様は完璧ですから「失恋したらつらい」「いじめられたり騙されたら悔しい」という事は百も承知なのです。だって完璧ですからね。

ではお釈迦様や観音様が、失恋したり、いじめられたり、騙されたりするでしょうか。

仮に失恋したとしても、全てに達観してますから、その事実をそのまま受け取るでしょう。ですから身を焦がすほどの失恋のつらさを体験することはないでしょう。そうなのです。全てを知っているけれども、体験ができないのです。しかし、体験をしたかった。だから人間になったのです。ですから、人間は不完全なのです。

人間にとって不完全であることが完璧なのです。不完全である自分を、責める必要など全くないのです。

「じゃ不完全でいいなら、いっぱい嘘をついていいの?」と考える人もいるでしょう。

そうではありません。不完全な自分を認めたときに、嘘は必要なくなるのです。

例えば、「私は40点程度の人間だ。しかし100点だと思ってもらわなければ、世の中ではやっていけない。」とそんな感覚を持っている方も沢山います。

そうすると、60点分の嘘や見栄が必要になってきます。さらに40点の自分を見透かされたらどうしよう、否定されたらどうしようと、今度は60点分、緊張したり不安になったりしてしまいます。この差の60点があなたにとっての重石になってしまうんです。しかし、あなたが基準とした 100点も前回の「○」「×」と同じように、あなたが勝手に作り出した基準です。人によって違います。そして、足りない60点に苦しんで行くことになります。

では、「私は40点です!」と認めてしまったらどうでしょう。とても楽になりそうではありませんか? 嘘や見栄や緊張は必要なくなってしまいます。40点の私は、40点満点を目指せば良いのです。 だって、40点という体験をするために生まれてきたのですからね。40点ならば取れるでしょう。

ほとんどの人がその程度のものです。自信がある人と、自信がない人の違いはどこにあるかというと、不完全な自分、つまり40点の自分を認めているかどうかだと思います。

おそらく、自信がない人は、足りない60点に押しつぶされて、40点の自分も発揮できなくなっているのではないでしょうか。足りない60点にばかり目がいって、「私は60点も足りない」と言っているようです。40点の自分など、取るに足らないものだと思い込んでいるのではないでしょうか。

反面、自信がある人は、足りない60点には気を留めず、ただただ40点の自分を認めているだけのことでしょう。40点である自分を認めると、重石の60点がなくなりますから、その40点がフルに活用できそうですよね。

60点に押しつぶされることなく、スムーズに成長ができるようです。

もう一度言います、全てを認めるというのは、不完全な私を認めるということです。

私たちは、不完全さを体験しにきたわけですから、不完全で当たり前なのです。その不完全さを、そのまま認めることです。 不完全な自分を否定することなど全くありません。その不完全さこそが、人として完璧なのです。

次回へ


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